はじめに
森林浴をするとなんだか心がすっきりして、清々しい気持ちになりますよね。
また、森林浴に限らず、森の中を歩くだけでリラックスして気分が軽くなる、そんな経験をされた方もいるのではないでしょうか。
森林浴の健康効果について語られる際によく登場するのが、「マイナスイオン」という言葉です。
聞きなじみのある言葉ですが、実はこのマイナスイオン、そもそもの定義がはっきりせず、効果について専門家の間で意見が分かれています。
科学的なエビデンスも乏しく、どのような作用があるのか、あるいは本当に効果があるのかどうかは、明らかになっているとは言い難いのが現状です。
さらに最近では、マイナスイオンをうたった商品が多く見られるようになり、どちらかというとマーケティング的なイメージのほうが強くなっている印象もあります。
そのため、健康リテラシーが高い方の中には、マイナスイオンに対して懐疑的な視点を持つ人も少なくないでしょう。
ですが、森林浴の健康効果には、もう少し実証的な根拠があります。
それが、「フィトンチッド」という成分です。今回はこのフィトンチッドに注目しながら、森林浴がもたらす健康効果について解説していきます。
フィトンチッドとは?

「フィトンチッド(Phytoncide)」とは、樹木が発する揮発性の物質の総称です。
たとえば、柑橘類に含まれる”リモネン”や、ミントやハッカに含まれる”メントール”なども、フィトンチッドの一種です。
この物質は、1930年頃にロシアのボリス・トーキン博士によって発見されました。
「植物(フィトン)を傷つける細菌や微生物を殺す(チッド)」働きを持つことから、その名前がつけられました。
樹木は虫に食べられたり、病原菌に侵されたりしたとき、自らを守るためにフィトンチッドを放出します。また、この物質は周囲の木々に警告信号として作用するとも言われています。
そんな自然界の防衛物質であるフィトンチッドですが、人間にはむしろ良い影響を与えることが分かっています。
では、具体的にフィトンチッドにはどのような健康効果があるのでしょうか?
森林浴の健康効果|①免疫改善効果
フィトンチッドには、私たちの体の免疫システムを改善する効果があります。
2006年に発表された研究※1では、フィトンチッド(ヒノキ材油、α-pineneなど)がヒトNK細胞内抗がんタンパク質の増加をもたらし、NK細胞(ナチュラルキラー細胞)の活性を上昇させることが明らかになりました。
NK細胞(ナチュラルキラー細胞)とは免疫細胞の一種で、体内を常にパトロールして、がん細胞やウイルスに感染した細胞を見つけて攻撃する存在です。
また、長野県で行われた別の研究※2でも、森林浴を行った被験者のNK細胞活性とNK細胞数がともに有意に上昇し、その効果は持続することが報告されています。


※1)Li Q, Nakadai A, et al. Phytoncides (wood essential oils) induce human natural killer cell activity. Immunopharmacol Immunotoxicol. 2006;28(2):319-33.
※2)李卿「森林浴の生体免疫機能への効果」日本医事新報 第4389号,66-68
森林浴の健康効果|②リラックス効果
フィトンチッドは、主に嗅覚を通じて自律神経に作用し、リラクゼーション効果をもたらします。
ヒノキやミントなどの香りを嗅ぐと、ふっと気持ちが和らぐような感覚がありますよね。
ただ、森林浴によるリラックス効果は、フィトンチッドの香り要素によるものだけではありません。
防臭マスクなどを使って嗅覚を遮断した状態でも、森林浴によって血圧が低下することが確認されています。
つまり、森林浴は視覚、嗅覚、聴覚、触覚といった複数の感覚が総合的に働きかけることで、交感神経の働きを抑え、ストレスホルモン(コルチゾール)の分泌を抑えると考えられています。
森の中に身を置くだけで心が休まるような感覚には、こうした多感覚的な作用が影響しているのです。
参考)『最新温泉医学』日本温泉気候物理医学会 p331–334
まとめ
今回は、フィトンチッドを中心に、森林浴がもたらす健康効果についてご紹介しました。
森林浴は「なんとなく気持ちいい」「自然の中にいると落ち着く」といった感覚的な印象で語られることが多く、その背景にある根拠までは知られていないことが多いです。
しかし、短期的・小規模ではありますが、臨床試験やフィールド実験を通じて森林浴の効果が科学的に検証されています。
その中でも、フィトンチッドに注目した研究が、免疫機能の向上やリラックス効果といった具体的な健康作用を示しているのは興味深いことです。
心地よさの裏に、こうした身体への効果があると知ると、自然の力を改めて見直したくなりますね。
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