気候療法とは?
気候療法とは「日常の生活環境とは異なる場所に転地し、その土地の気温・気圧・地形などの自然的要素を活用し、治療や保養を行う」ものを指します。
日本ではあまり知られていませんが、ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国では、気候療法が保険適用の対象となるなど、医療の一環として採用されています。
日本は、四季の変化に富み、豊かな山林、きれいな海や川、温泉など気候療法に適した自然環境に恵まれています。
しかしながら、実際に気候療法を提供する施設や、それを専門とする「気候療法士」の数は限られています。
また、医療制度上も気候療法を“治療”として活用するのは難しいのが現状です。
特に、気候療法ではその土地におおよそ3〜4週間ほど滞在する必要があります。しかし、現代の多忙な生活のなかで、長期の療養期間を確保することは容易ではありません。
とはいえ、気候療法の本質は「その土地の気候が心身に良い影響を及ぼすこと」にあります。
であれば、健康づくりの一環として、”予防”のために気候療法に適した環境を訪れ、自然と触れ合うだけでも、そのエッセンスを十分に享受できるのではないでしょうか。
本記事では医師の立場から予防医療としての気候療法についてご紹介していきます。
気候要素と気候の特徴
気候療法において、以下の気候要素が生体に作用するとされています。
- 温熱的要素(気温、水蒸気、日射、赤外線、風)
- 湿度
- 気圧や風速
- 化学的要素(酸素、オゾン、炭酸ガスなど)
- 可視光線や紫外線
- 電磁気性要素
- 行動生理学的要素
この要素の組み合わせによって、その気候が身体に与える影響が変わってきます。
そして、これらの要素をもとに、気候は大きく次の3つの特徴に分類されます。
①保護性気候
気温・気圧・湿度の変動が穏やかで、昼夜の寒暖差も小さいのが特徴です。
日光もやわらかく、空気は清浄で、周囲には豊かな植生が見られます。
このような環境は、身体への負担が少なく、心身に鎮静的に作用するため、リラクゼーションやストレスの軽減に適しています。
特に、運動習慣がない方や心身が疲弊している方にとっては、無理なく自然に馴染める気候といえます。
②刺激性気候
気温や湿度の変化が大きく、日内および年間を通じて変動幅があるのが特徴です。
また、強風・日射・紫外線・低酸素環境など、身体にとって刺激となる要素が多く含まれています。
このような環境は、適度な身体的負荷をかけることで、心肺機能や代謝機能を高める効果が期待できます。ある程度の体力があり、刺激に耐性のある人にとっては、トレーニングや体力向上に役立つ気候といえます。
③負荷性気候
大気汚染や長期にわたる蒸し暑さや湿った冷たさ、日射が常に少ない環境などが挙げられます。
この気候は、気候療法には適さないとされています。たとえば、交通量が多く排気ガスが充満する都市部、無風で蒸し暑さが続く盆地などがこれに該当します。
気候療法の地域別分類
気候療法で用いられる気候は、地域別に以下の5つに分類されます。
①海洋性気候

海岸は陸地の中で最も気圧が高く、酸素分圧も高いため、呼吸への負担が少ない環境です。空気は清浄で、海風には微細な塩分を含む「マリンエアロゾル」が含まれており、これが生体に良い影響を及ぼす可能性も報告されています。
また、視野の広がる開放的な景観や波の音といった自然のリズムは、自律神経の安定を促し、ストレス軽減にも寄与するとされています。
一般に、温暖な地方の海岸は保護性気候であり、心身のリラクゼーションに適しています。
一方で、寒冷地の海岸(北海道・東北など)は刺激性気候に分類されることが多く、体力のある人に向いています。
ただし、真夏の高温多湿な日や熱波が続く時期には、身体への負荷が大きくなるため、保養地としての適性は下がります。
②低地気候

海岸を除いた海抜約300mまでの平地が該当します。
温暖で気圧が高い地域が多く、気候変動は比較的緩やかです。
多くの場合、保護性気候に分類され、心身に穏やかな影響を与える環境です。
特に、都市近郊にある静かな低地の自然公園や里山は、日常生活の延長で気軽に訪れることができる手軽な気分転換の場として適しています。
③中山気候

海抜300〜1000m程度の里山や高原に見られる気候です。
森林に囲まれた環境であることが多く、空気は清浄で、気温や湿度の変化も穏やかです。
一般に、保護性気候とされ、リラクゼーションや心身の回復に向いています。
ただし、森林由来の花粉やアレルゲンが多く含まれる可能性があるため、アレルギー疾患を持つ方は注意が必要です。
④森林気候

森林は中山気候の地域にあることが多く、気候を穏やかにする作用や空気を清浄にする作用があります。
森林内は風が弱く、気温や湿度の変動が小さいという特徴があります。
また、空気中には「フィトンチッド」と呼ばれる揮発性物質が含まれ、これには抗菌作用や鎮静作用、免疫調整作用があると報告されています。
森林気候は主に保護性気候に分類されますが、冬季に落葉すると刺激性気候に変化することもあります。中山気候と同様、森林由来のアレルゲンに対して過敏な方は注意が必要です。
⑤高山気候

海抜1000mを超える高山の気候です。
気温や気圧は低く、日射や紫外線量が上昇し、風も強くなるため、刺激性気候に分類されます。
こうした環境は身体への刺激が強いため、体力のない方には適しませんが、心肺機能の強化や高地トレーニング、持久力向上を目的とした利用には非常に有効です。
まとめ
「気候療法」とは日常とは異なる自然環境の中で、気温や湿度、気圧、光などの気候要素を活用して心身の健康を整えるものです。
もともとは治療を目的とした欧州の医療手段ですが、本記事ではその中でも予防医療として活用できる部分に焦点をあててご紹介しました。
気候はその要素の組み合わせによって、「保護性気候」や「刺激性気候」といった分類がされ、心身に与える作用はそれぞれ異なります。さらに、海岸、平地、高原、森林、高山といった地域ごとに異なる気候の特徴があり、自分の体調や目的に応じた場所に訪れることが大切です。
なお、保護性気候のように穏やかな環境であっても、自然の中であることには変わりありません。
持病の治療中や体調がすぐれない時は無理をせず、訪問をひかえることをおすすめします。
また、気候療法の一つに地形や勾配を活かした「気候性地形療法」というものがあります。
これを日本で取り入れた「クアオルト健康ウォーキング」という取り組みが、全国各地で広がりを見せています。ご興味のある方はぜひ以下の記事もご覧ください。
参考)『最新温泉医学』著:日本温泉気候物理医学会 p39-44
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